主人の従妹の葬式に出ました。

主人の従妹がなくなりました。小倉の中心街、●●典礼会館で「葬式」があるということで、二人で行きました。主人は小さいころ、この年の離れた従妹によく面倒をみてもらったとか、、、。私は結婚してから冠婚葬祭で数度あったことがある程度のつきあいでした。式場に入って唖然、だだっ広い部屋に私たちを含め7人の参列者。従妹の息子(喪主)、従妹の妹、その娘、主人の妹とその夫、主人と私、、、。式場の司会者が恭しく頭をさげ、マイク(必要ないと思いましたが、、、)を使って挨拶。続いて真言宗の坊さんの読経、(部屋が広すぎ、人、少なすぎの中)胸につき刺さるような鋭く響く鉦の音、、、。焼香が終わるとみんなで祭壇の花をお棺に入れました。人手が足りないため、式場の係の人も手伝って「飾り付ける作業、、、」という感じ。そこで帰るつもりが、参列者のあまりの少なさに、「火葬場」までついていくことになりました。また、そこでも7人で、、、。「はい、では皆さんで骨を拾ってください」となり、また、7人で何度も骨を拾いました。「はい、これは鎖骨、、、はい、これは指の骨」と妙にリアルな火葬場の係の人の言葉に促されながら、これも「拾う作業、、、」のような感じになりました。親戚、と言ってもほとんど赤の他人のような人の骨ですから、悲しいというよりは、恐ろしいような気持にもなりました。
「人の命は地球より重い」と言った人がいました。が、、、主人の従妹の葬式を経験して、「あの言葉は今も生きているのかなぁ、、、」と悲しくなりました。これから100歳まで生きる人が増えたら、逝く人を送る人がどんどん少なくなって、従妹の葬式のような事態も珍しくなくなるのかもしれません。他人ごとではない、、、という思い。20160815思う画像.png

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