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zoom RSS 「和をもって、貴しとなす」NO.2

<<   作成日時 : 2018/06/24 10:48   >>

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聖徳太子(574-622)が言ったとして伝えられている、「和をもって貴しとなす」の意味について調べてみると、「それぞれが、争いごとをせず、平穏な悟りの境地に達する」ことが、「和」であるけれども、日常生活においてゆとりのない者(私流に解釈すれば、貧しい者、身分の低い者、卑しい考えしか浮かばない者、、、)たちは自分たちが「心に思うこと」、あるいは「その浅はかな(あなたのことではなく私自身のことですが)頭で考えること」をそれぞれに持ち寄り、話し合いによって「和の境地」に近いものを生み出すことが大切だ、と言っているらしい。つまり、「和をもって貴しとなす」の後半部分の解釈は諸葛亮孔明(181-234)が唱えた論理(前のブログを参照)と同じことを言っていることがわかります。

●やはりそうなのですねぇ。初めから「和」を保つために「沈黙する」のではなく、「(つたなくてもいいから)個人の意見を持ち寄り、論争し、共通点を見出す」こと、その共通点こそが「和=輪」なのではないでしょうか。
そして、その「和」は固定されているものではなく、時代により、人々の思いにより、少しずつ変化していくものだ、と。
、、、その「和=輪」をどんどんと大きくしていくことも大切だし、その「和」の外にいる者、その「輪」に入れない者を排除するのではなく、新たな論争を巻き起こして、「和」そのものを変化させていくこと、これが大切なのではないか、、、と思います。
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