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zoom RSS 「和」を大切に、とは「黙ること」ではない、と思う。

<<   作成日時 : 2018/06/23 16:56   >>

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三国時代の蜀の丞相(今なら首相に当たる人)諸葛孔明は「多くの人が集まってそれぞれに意見を出し合うのは組織の成長に大変好ましいことだ」と思っていた。でも、「少数意見を封じ込むことは、良くない。どんな小さなことにでも心配りをして、耳を傾ける必要がある」とも言った。
で、その流れかどうかは定かではないが、中国人は仲間同士で激しくののしり合う。国の制度上、上の者と本気でやり合うと、出世できなくなるので、そこは賄賂でゴマする人間の方が、まじめに抗議する人より、圧倒的に数が多いけれども)
で、日本にも聖徳太子(574-622)の言葉として伝えられている「和をもって貴しとなす(日本書紀)」がある。でも?「和をもって…」ということは「何にも言わないこと」なのだろうか。強い者の意見に反論もせず黙って従うことだろうか、、、。そうじゃななぁーーーい!っと言いたいけれども、現実はねぇ、、、。
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<ネパール人も漢字が大好き

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「和」を大切に、とは「黙ること」ではない、と思う。 日本語でコミュニケーション/BIGLOBEウェブリブログ
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